大判例

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京都地方裁判所 昭和55年(ワ)10号 判決

原告

京都市

代表者市長

今川正彦

訴訟代理人

田辺照雄

崎間昌一郎

彦惣弘

被告(選定当事者)

井本武美

堀岡礼子

高橋のぶ子

岡田重光

山本光男

笹原みさえ

山崎チエ子

小泉正樹

加藤満義

(選定者〈三九〇名〉は、別紙選定者目録〈省略〉記載のとおり)

主文

一  選定者大島信子、同三輪伊作を除く別紙各入居承認者目録被告氏名欄記載の各被告(選定当事者)及び選定者は、原告に対し、別紙各入居承認者目録家賃未払額合計欄記載の各金員をそれぞれ支払え。

二  選定者大島信子は、原告に対し、金二七万二四〇〇円を、選定者三輪伊作は、原告に対し金二〇万五二〇〇円を支払え。

三  選定者大島信子に対する京都簡易裁判所昭和五四年(ロ)第八一四号支払命令申立事件についてされた仮執行宣言付支払命令中、昭和五三年七月分市営住宅滞納家賃金二八〇〇円と支払を命ずる部分、及び選定者三輪伊作に対する同簡易裁判所昭和五四年(ロ)第一六三五号支払命令申立事件についてされた仮執行宣言付支払命令中、昭和五三年七月分から昭和五四年四月分までの市営住宅滞納家賃金三万八〇〇〇円の支払を命ずる部分を認可する。

四  原告の本件訴のうち、別紙支払命令確定分請求目録氏名欄記載の選定者一二名に対する同目録支払命令確定分請求金額欄記載の金員に関する訴を却下し、別紙取下分請求目録氏名欄記載の選定者二名に対する同目録取下分請求金額欄記載の金員に関する請求を棄却する。

五  訴訟費用は、被告(選定当事者)らの連帯負担とする。

六  この判決の一、二項は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

(請求の趣旨)

(一) 別紙各入居承認者目録被告氏名欄記載の被告(選定当事者)及び選定者(以下合わせて被告らという)は、原告に対し、同目録家賃未払額合計欄記載の各金員をそれぞれ支払え。

(二) 訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。

との判決と仮執行の宣言。

(取り下げられた分の請求の趣旨・被告ら不同意)

(一) 別約支払命令確定分請求目録氏名欄記載の選定者一二名は、原告に対し、同目録支払命令確定分請求金額欄記載の各金員をそれぞれ支払え。

(二) 別紙取下分請求目録氏名欄記載の選定者二名は、原告に対し、同目録取下分請求金額欄記載の各金員をそれぞれ支払え。

との判決。

二  被告ら

(一)  原告の請求(取り下げられた分を含む)をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決。

第二  当事者の主張

(請求原因)

一  当事者

(一) 原告は、原告が公営住宅法(以下公住法という)三条及び七条、または住宅地区改良法(以下住改法という)一七条及び二七条二項に基づき国の補助を受けて建設した別紙各入居承認者目録(以下別紙目録という)の入居承認に係る市営住宅の位置及び名称欄記載の京都市営住宅(以下本件市営住宅という)並びにその付属施設として設置した有料付属施設(店舗・以下本件付属施設という)を管理する地方公共団体である。

(二) 被告らは、いずれも、原告の市長から別紙目録の入居承認年月欄記載の月に、各入居承認に係る市営住宅の位置及び名称欄記載の市営住宅への入居を承認された入居者であり、そのうち別紙目録の番号九、一〇、一三一ないし一三三、一八〇、一八一、一八三、一八四、二三四、四六四の被告一一名は、原告の市長から、おのおの、別紙目録の入居承認に係る市営住宅の位置及び名称欄に(店舗)として表示した本件付属施設の使用を承認されて、これをも使用している。

二  本件市営住宅及び本件付属施設の管理

(一) 地方公共団体が、法律上国の補助を受けて建設することが認められている市営住宅には、公住法に基づき建設する公営住宅と、住改法に基づき建設する改良住宅とがある。

ところで、原告が、これまで同和地区住環境整備事業として、国の補助を受けて建設した市営住宅にも、同様に、公営住宅(第二種公営住宅)と改良住宅とがある。しかし、住改法二九条一項は、改良住宅の建設後の管理について、改良住宅を公住法に定める第二種公営住宅とみなしたうえで、一部の規定を除き公住法の規定を準用しているから、改良住宅と同和地区住環境整備事業としての第二種公営住宅とは、管理のうえでは法律上の差異が生じない。そこで、原告は、両者の設置目的が共通であることから、両者を総称して「改良住宅」と呼称し、同様に管理してきた。

本件市営住宅は、すべて右の意味での「改良住宅」(以下「改良住宅」と記載する)である。

(二) これら各種の市営住宅は、地方自治法二四四条の二第一項、公住法二五条一項、住改法二九条一項により、それぞれ条例で管理に必要な事項を定めなければならないとされている。

そこで、原告は、京都市営住宅条例(昭和二七年三月三一日条例第九〇号・以下本件条例という)を制定し、さらに、原告の市長は、本件条例三三条の委任に基づいて、京都市営住宅条例施行規則(昭和二七年六月五日規則第三五条・以下本件規則という)を制定し、これらに基づいて本件市営住宅を含む各種市営住宅を管理している。

(三) 本件付属施設を含む各種市営住宅の付属施設は、地方自治法二四四条一項、本件条例三条一項に基づいて設置されたもので、原告は、これを、本件条例及び本件規則に基づいて管理している。

三  本件市営住宅の家賃の決定

(一) 第二種公営住宅の家賃は、公住法一二条の定めにより、また、改良住宅の家賃も住改法二九条一項によつて準用される公住法一二条の定めにより、それぞれ、その建設に要した経費から国等の補助金を控除した額に維持管理に要する経費を加算する等、公住法一二条に定める方法によつて算出した額(以下これを法定家賃限度額という)を限度として、事業主体が条例で定めることとされている。

(二) 原告は、昭和二七年、最初の「改良住宅」を建設したが、その家賃を、当時の生活保護法による住宅扶助基準額金七三〇円を参考に、その範囲内であれば生活保護受給世帯でも支払が可能であるとの判断のもとに月額金七〇〇円と決定した。

原告は、その後供用を開始した「改良住宅」の家賃について、「改良住宅」の設置が同和対策事業の一環であり、同じ設置目的を有する住宅間で家賃の額にあまりにも大きな差異があるのは相当でないとの考え方に基づき、その後の設置・管理経費の高騰にもかかわらず、当初の金七〇〇円を基準にして、居住面積の拡大、住宅設備の充実といつた居住水準の向上を考慮し、これを若干高く決定するにとどめてきた。

本件市営住宅の家賃の額は、右のようにして、本件条例一五条一項及び本件規則九条別表第1の定めるところにより、それぞれ、別紙目録の従前家賃欄記載の金額(月額金七〇〇円から最高金二〇〇〇円まで。ただし、一部金七〇〇円以下に減額)と決定された。

これは、前記法定家賃限度額よりも極めて低額な家賃であつた。

四  今回の本件市営住宅の家賃の変更

(一) 第二種公営住宅の家賃は、公住法一三条の定めにより、また、改良住宅の家賃は、住改法二九条一項により準用される公住法一三条の定めにより、同条一項各号に該当する場合には、事業主体が、同発三項に定める建築物価の変動を考慮した限度額(以下これを法定家賃変更限度額という)を限度として、変更することができる。

(二) 原告は、今回、公住法一三条一項一号に該当するものとして、本件市営住宅を含む「改良住宅」の家賃を変更した。すなわち、

公住法一三条一項一号にいう「物価の変動に伴い家賃を変更する必要があると認めるとき」とは、たとえば、建設後著しい物価の騰貴があり、入居者各自の所得が上昇する一方、住宅の建設及び管理の費用が高騰することによつて、入居者の負担が相対的に著しく軽減され、その結果、当初の家賃が、入居者の負担能力からいつても、また、その建物の効用や設置目的からいつても不合理になり、これを是正するため家賃の変更が必要となつた場合等をさすものと解すべきである。

(三) ところで、原告は、本件市営住宅を含むすべての「改良住宅」について、その供用を開始するにあたつて決定した当初の家賃を、今回変更するまで長年にわたつて据え置いてきた。

しかし、物価は、この間著しく上昇した。たとえば、昭和二八年からは昭和五二年の間の消費者物価指数のうち地代・家賃指数の上昇は、約6.77倍になつている。また、この間、入居者各自の所得は、名目上も実質上も増加し、一か月金七〇〇円ないし金二〇〇〇円という「改良住宅」の家賃は、当初と比較したとき、あまりにも低いものとなつた。このことは、昭和五二年ころの同和地区住民の平均月収と思われる金一五万円前後の所得層についても、変わりはない。

さらに、「改良住宅」は、国等の補助があるとはいえ、原告の経費によつて設置・管理されるものであるから、その家賃額については、市民負担の均衡を配慮することが是非とも必要である。ところが、前述のとおり政策的配慮から低額にとどめられてきた「改良住宅」の家賃は、その設置が同和対策事業の一環としてされ、同和地区住民の経済的自立の公的援助を目的とするものであることを考慮してもなお、入居者の負担が軽きにすぎ、市民負担の均衡を失するものとなつた。つまり、同和対策事業について市民負担の均衡を伴うことが、市民全般の同和問題に対する理解と協力を得るための基盤であることに鑑みると、右不均衡は、黙過することができない状況となつた。

また、家賃は、本来、生活の基幹である住まいに対する対価、負担であり、家計の中で重要な地位を占めるものである。ところが、「改良住宅」の家賃が低額なまま据え置かれてきたことによつて、「改良住宅」の入居者の中には、右のような感覚が低下し、家計における家賃の位置付けを稀薄にしている状況がみられた。そのため、かえつて、「改良住宅」の入居者の生活設計を低額な家賃を前提とした「改良住宅」に限定させ、市民としての居住、移転の自由を享受しようとすることの障害要因となる虞れが認められた。

一方、「改良住宅」入居者は、所得の向上により、ある程度の家賃増額の負担に応じられる状況にあつた。

以上のような次第で、「改良住宅」の家賃は、物価の変動(高騰)により不合理となり、これを変更する必要が生じたのである。

そこで、原告の市長は、さらに、二次的に原告の財政事情を考慮し、以下に述べる手続の下に、今回、本件市営住宅を含むすべての「改良住宅」について、家賃を増額変更することとした。

(四) 原告の市長は、「改良住宅」の変更後の家賃を、次のとおり算出した。なお、その際、入居者の生活実態を配慮し、家賃の変更により生活設計が破壊されないよう留意をしたことは、いうまでもない。

1 現在建設している「改良住宅」と同じ構造(中層耐火構造)の住宅である昭和二八年度建設の養正市営住宅第一棟を基準住宅として選び出した。

2 基準住宅の変更前の月額家賃金八〇〇円(当日の住宅扶助基準額を参考として決定した額)が現時点でいくらになるかを、昭和二八年から昭和五二年までの地代・家賃の上昇率と建物の経過年数(老朽度)とを考慮して計算すると金三六〇〇円(一〇〇円未満切捨て)となつた。

3 この基準住宅の月額家賃金三六〇〇円を基準変更額として、これに各住宅の専用床面積と建物の経過年数(老朽度)とを加味して、次の計算式に基づいて各住宅の変更後の家賃を算出した(一〇〇円未満切捨て)。

ただし

3600円…基準変更額

34.61…基準住宅の専用床面積

S…当該住宅の専用床面積

70…耐用年数

N…当該住宅の供用開始年

4 右計算式によつて算出した額が金九〇〇〇円を超える場合は、昭和五二年度の住宅扶助国基準額が金九〇〇〇円であることを考慮して、金九〇〇〇円にとどめた。

5 以上によつて算出した「改良住宅」の各棟の家賃を、切下げによつて金五〇〇円刻みに整理し、さらに、四、五階の住宅の家賃は、一階ないし三階の住宅と適正な差を設けるため、四階は金一〇〇円、五階は金二〇〇円を減じた。

(五) 原告の市長は、本件市営住宅の変更後の家賃を、以上の方法によつて月額金三〇〇〇円から金八五〇〇円と算出したが、変更後の家賃額が、公住法一三条三項の法定家賃変更限度額内にあることは、いうまでもない。

さらに、原告の市長は、家賃の負担増に伴う入居者の生活設計との対応を円滑に行うため、家賃の変更を段階的に実施することとし、おおむね家賃増額分の二分の一を変更前の家賃に加算した金額をもつて暫定家賃とし、当初の一年間は、右の暫定家賃を適用することとした。

そこで、原告の市長は、右の家賃の変更について「京都市営住宅条例施行規則の一部を改正する規則」(昭和五三年三月三一日規則第八三号・以下本件改正規則という)を制定、公布し、昭和五三年七月一日から施行した。

本件市営住宅の変更後の家賃額及び暫定家賃額(並びに、本件市営住宅の建設年度、戸当たり建設費、国等の補助額、法定家賃限度額、変更前の家賃額、法定家賃変更限度額等)は、別紙家賃等一覧表のとおりである。

(六) 次に、原告の市長は、暫定家賃の適用を一年間に限り、昭和五四年七月一日から本来の変更後の家賃に移行する予定であつたが、その後、「京都市営住宅条例施行規則の一部を改正する規則の一部を改正する規則」(昭和五四年六月三〇日規則第三八号・以下本件再改正規則という)一条により、当分の間右暫定家賃のままとすることにして今日に至つている。

各被告らごとの右暫定家賃額は、別紙目録の改定家賃欄記載の金額であり、原告が本件訴訟で変更後の家賃として請求しているのは、この暫定家賃である。

(七) 本件市営住宅の家賃は、原告の市長が本件改正規則及び本件再改正規則を制定、公布、施行したことによつて、昭和五三年七月一日から前記各暫定家賃額に変更されたことになる。もつとも、公住法一三条一項は、「条例で家賃を変更」する旨定めてはいるが、同項が、条例で個々具体的な家賃を定めることまでも要求しているものではなく、公住法及び公住法施行令に規定する方法で算出した範囲内で、市長に家賃変更の具体的決定を条例で委任することを否定するものではない。

(八) また、本件市営住宅の家賃変更の効力は、集団住宅の性質上、入居者全員に一律かつ同時に発生するとするのが衡平であり、合理的である。したがつて、右の効力は、入居者に対する個別的意思表示をまつまでもなく、本件改正規則等の公布、施行によつて、その施行期日に一律に発生するものと解すべきである。公住法一三条一項が「条例で家賃を変更」する旨定めているのは、この趣旨を含むものである。

かりに、右公布、施行のみでは家賃変更の効力が認められないとしても、原告は、昭和五三年六月、入居者全員に対して家賃変更の実施及び変更後の家賃額を文書で告知した。原告は、この告知によつて昭和五三年七月一日以前に被告らに対して家賃変更の意思表示をしたことになり、被告らもこれを認識することができたから、同日から家賃変更の効力が発生した。

さらに原告は、本件改正規則公布後、原告が発行する「市営住宅ニュース」に、家賃変更の実施に関する記事を登載し、入居者全世帯に配布すると共に、地区ごとに説明会を開催し、原告担当職員を隣保館へ派遣して現地で相談、説明の窓口を開設する等して、右家賃変更の事実を周知徹底せしめる方法を講じた。

五  本件付属施設の使用料の決定及び変更

(一) 本件付属施設の使用料は、本件条例一七条二項、三三条により、その決定及び変更が原告の市長に委任されている。

(二) 原告の市長は、右委任に基づき、本件付属施設設置時の使用料を、本件規則により一か月金一二〇〇円と決定した。この金額は、最初(昭和三五年)に改良住宅の付属施設たる店舗として認置された崇仁市営住宅旧第四棟店舗の使用料を、同棟一階の住宅の家賃が金一一〇〇円であることを参考にして金一二〇〇円としたことにならつて決定されたものである。なお、改良住宅に付属する店舗の使用料について、改良住宅の家賃を参考にしたのは、改良住宅もそれに付属する店舗も共に、同和地区住環境整備という行政目的のために設置されたことによる。

(三) 今回の「改良住宅」の家賃変更に際して、本件付属施設を含む改良住宅付属の店舗の使用料も同じく変更の心要が認められたから、原告の市長は、本件改正規則本文及び同別表第3のとおり右使用料を変更した。なお、家賃と同様に当初一年間の暫定使用料が定められた。

本件付属施設のそれぞれの暫定使用料は、別紙目録の改定家賃欄に(店舗)として記載された各金額(月額金二六〇〇円ないし金六二〇〇円)である。

右暫定使用料は、本件再改正規則によつて当分の間そのままとされて今日に至つている。

(四) 右暫定使用料算出の方法は、次のとおりである。

1 最も戸数の多い三条市営住宅第三棟の店舗を基準店舗とし、従前の使用料が改良住宅の家賃を参考に決定されていたのにならい、今回の家賃変更による三条市営住宅第三棟一階の月額家賃金四〇〇〇円に一一〇〇分の一二〇〇を乗じて得られた金四三六三円の一〇〇〇円未満を切捨て、月額金四〇〇〇円を基準店舗の変更後の使用料とした。

2 店舗は、営業用のスペースを提供するものであるから、住宅と異なつて経年補正をせず、面積の大小のみを考慮することとして、基準店舗の面積が二〇平方メートル以上三〇平方メートル未満であるのを基準に、各店舗の変更後の使用料を次のとおり決定した。

店舗面積

(平方メートル)

変更後の使用料

(円)

対象店舗数

(戸)

二〇未満

三〇〇〇

二〇以上三〇未満

四〇〇〇

五七

三〇以上四〇未満

五〇〇〇

二七

四〇以上五〇未満

六〇〇〇

一三

六六・一七

(二店舗分)

一万

3 暫定使用料は、右金額を減額して決定した。

(五) 使用料の変更の効力も、個別の意思表示をまつまでもなく、本件改正規則の公布、施行によつて発生するが、原告は、家賃変更の告知と同時に右使用料の変更を各使用者に告知した。

(六) 以上の次第で、本件付属施設の使用料は、本件の家賃変更と同じ理由で、昭和五三年七月一日に変更された。

六  被告らの家賃等の未払について

(一) 被告らは、昭和五三年七月分から昭和五八年一〇分までの家賃(または家賃及び使用料)のうち、別紙目録の各家賃未払額合計欄記載の家賃(または家賃及び使用料)の支払を怠つている。

(二) また、別紙目録の家賃未払額昭和五三年六月分以前の欄に未払額の記載のある被告らは、同目録備考欄に(注)として明細を示したとおり、昭和五三年六月分以前の家賃の支払を怠つている。

(三) なお、原告は、別紙取下分請求目録記載の各請求については、既にその弁済を受けている。

七  結論

原告は、被告らに対し、それぞれ、別紙目録の各家賃未払額合計欄に記載された未払賃料の支払を求める。

(請求原因に対する被告らの答弁)

一  「改良住宅」の性格

(一) 公営住宅と改良住宅の相違

公住法に基づいて建設された第二種公営住宅は、住宅を所有しない低額所得者に対して、公募によつて供給する目的で建設された住宅である。

これに対し、住改法に基づいて建設された改良住宅は、住改法一条の目的の下に、不良住宅が密集する地区を半強制的な手段で除却することによつて住宅を失つた生活因窮者に対して、かわりの住宅を与えるために建設された建替住宅である。しかも、それは、単に新たな住宅を提供するということのみにとどまらず、生活困窮者の生活を改善するという大目標を掲げて建設された住宅である。

このように、両者は、本質的に相違する。

(二) 本件「改良住宅」建設の目的及び経過

1 住改法制定以前

本件で対象となつている「改良住宅」は、昭和三五年に住改法が制定される以前の昭和二七年度から、原告によつて建設された。すなわち、京都市は、昭和二六年におこつた「オール・ロマンス」差別糾弾闘争を契機として、部落問題の解決に積極的に取り組む姿勢を示し、「今後の同和施策運営要綱」を策定した。そして、部落の住環境を中心とした劣悪な生活実態を改善するため、全国の自治体に先がけて「改良住宅」の建設を始めた。当時は、まだ住改法が制定されていなかつたが、京都市は、当時の不良住宅地区改良法(昭和二年制定)の不備を理由に、政府の認可を得たうえで、低額所得者のための第二種公営住宅の建設予算の中に、不良住宅地区改良事業のための予算の特別枠を設定し、不良住宅を除去した後に、公営住宅を「改良住宅」として建設するという手法をもちいて、部落に「改良住宅」を建設した。したがつて、これによつて建設された住宅は、あくまでも、部落問題を解決するという目的のために建設された住宅であつて「改良住宅」である(以下、被告らの主張では、右の目的によつて建設された住宅を、その法的根拠にかかわらず、すべて改良住宅という)。

2 住改法制定以後

「オール・ロマンス」差別糾弾闘争以後の全国的な差別行政反対闘争の広がりに応じ、各地方自治体は、部落問題の解決を目的とする「同和」対策事業、とりわけ改良事業に着手した。その結果、不良住宅地区改良法の財源的、法的限界が改めて浮きぼりにされることとなつた。そのような情勢の中で、部落解放同盟は、昭和三二年の全国大会で、部落問題の解決を促進する国策樹立請願運動を中央政府に対して展開することを決定した。この運動は、地方自治体を巻き込み新法制定を要請する運動となり、世論も大きく盛り上がつた。その結果、部落の改良事業の推進を目的とした関西十都市連絡協議会の陳情運動、内閣の同和問題閣僚懇談会の設置、建設省に設けられた不良住宅地区改良事業審議会の答申等を経て、昭和三五年に住改法が制定された。

なお、衆議院は、住改法の議決に際して、改良住宅の家賃が入居者の負担を過重ならしむることにより法の円滑な運営を阻害しないよう、適切な行政指導等を行うこと等の付帯決議をした。また、これを受けて、建設省は、改良地区の居住者の収入は、おおむね低額であるため、改良住宅の家賃はできる限り低額とする必要があるので、その減免措置については、特別の配慮をすること等を内容とする事務次官通達を発した。

全国の改良事業は、住改法の制定以後、飛躍的に促進された。とりわけ、京都市は、先の「オール・ロマンス」差別糾弾闘争の教訓とその後の部落問題に対する理解と同情の深まりに照応して、さらには、住改法制定過程における部落解放運動の果した役割を正しく認識した上で、住改法を、一般スラム対策としてではなく、もつぱら部落の環境改善と部落民の生活向上のための社会福祉政策としてのみ実施してきた。

3 同和対策事業特別措置法(以下同対法という)の制定以後

その後、部落解放同盟を中心とする運動の中で、内閣同和対策審議会の答申を経て、昭和四四年、同対法が制定された。

同対法は、部落民に憲法一四条、二五条の権利を保障する責任が、国及び地方公共団体にあるとの基本認識にたつて、部落問題の解決のための事業を実施、推進させることを、国及び地方自治体に義務付け、このために、大幅な国庫補助と財政的優遇措置を講じている。これを改良事業についてみても、同対法は、九項目にわたつて、法的、財政的な特別措置を設け、先の住改法の法的、財源的不足を一層大幅に補足することによつて、劣悪な部落の住環境をより一層改善するとともに、低額な家賃で部落民を改良住宅に入居させて、差別の本質に制約された部落民の劣悪な生活水準の向上をはかるための施策をより充実させる根拠を与えた。その結果、改良住宅の建設は、それ以後一層促進された。

(三) まとめ

以上のとおり、本件改良住宅は、いずれも、部落問題を解決するという一貫した目的をもつて、特別の法的な根拠及び大幅な財政的補助の下に建設されてきたものであつて、一般の公営住宅とは全くその本質を異にするものである。

二  改良住宅家賃の性質

(一) 家賃決定の性質

住改法は、改良住宅の管理及び処分について、公住法の規定を準用している。しかし、それは、あくまでも準用であつて、適用ではない。改良住宅の家賃は、前述のような改良住宅建設の目的及び経過に即して定められなければならないのであつて、原告の自由裁量に属するものではない。

(二) 従来の家賃決定の経過等

1 京都市は、住改法制定以前に前述のようにして建設された改良住宅の家賃について、厳しい財政的な制約の下にありながら、その目的に応じて、法定限度額より低額にこれを決定した。

2 建設省住宅局長は、住改法制定時の国会審議で、改良住宅の家賃に対し減額制度の全面的な活用がはかられるべきであると答弁をしたし、前述のような付帯決議や通達の発令がなされている。すなわち、改良住宅の家賃は、社会政策の観点を十分考慮し、入居者の生活実態に応じて、第二種公営住宅の家賃よりも相当低額におさえられなければならないことが、立法目的と立法過程から明らかである。そして、原告も、このような経過を尊重して、住改法制定以来九年間、部落に建設したすべての改良住宅の家賃を、一律に金一一〇〇円に決定した。

3 部落問題の解決は、同対法制定により、国並びに地方自治体の責務であるとされると共に、部落の改良事業について、特別の財源的措置がとられ、地方自治体の負担の軽減がはかられた。したがつて、改良住宅の家賃は、当然一層低額になるべきである。現に、原告は、この立場に立つて、他の自治体と共に政府に一層の財政的措置を要望してきた。また、全国の各地方自治体は、このような点をふまえて、法定限度額の一割から二割程度の範囲で改良住宅の家賃を決定している。

(三) 改良住宅の家賃基準のあり方

以上の経過をふまえ、部落問題という目的にそつた家賃は、次のようなものでなければならない。

1 まず、第一に、改良住宅の家賃は、差別の本質に制約されている部落民の圧迫された生活実態に即して定められなければならない。すなわち、今日なおも部落民は、他の一般勤労市民と比べ失業率が異常なほど高く、仕事に従事したとしてもその職業選択は狭隘で、しかも労働条件は劣悪である。昭和五二年度の原告の実態調査によつても、世帯収入は、平均一か月金一五万円にとどまり、一般勤労市民より一か月平均金一〇万円も低く、生活保護基準ぎりぎりの境界階層(ボーダーライン階層)の生活を余儀なくされている。部落民の生活は、以前と比較した限りではよくなつたとはいえ、それは、一般勤労市民の生活の一定の向上と常に相対的な格差をもつて向上しているにすぎず、世帯収入は、いまだに一般勤労市民の六割にしか達していない。改良住宅家賃をはじめ一切の「同和」対策は、この格差を是正することを当面の目標として実施されるべきであり、家賃の決定は、部落民の生活実態を十分考慮してきめられなければならない。すなわち、公営住宅にあつては、一部例外的とされる家賃の減額制度を、改良住宅の家賃については一〇〇パーセント活用して政策的に相当低額に減免決定されなければならない。

2 第二に、改良住宅の家賃は、地区居住者が改良住宅に入居する時点の地代・家賃等地区居住者の住宅実態(居住条件)を十分考慮して決定、変更されなければならない。すなわち、

本件改良住宅は公営住宅とは本質的に異なり、半強制的な土地収用を伴う地区清掃事業によつて、永住権・居住権を有していた土地・家屋を半強制的に低額な価格で取りあげられた地区居住者(部落民)に対し、かわりの住宅を与えるという目的で建設された。

部落民が、従来右事業に協力してきたのは、自らの土地・家屋のかわりに、低額な家賃の改良住宅に入居できるという部落問題に対する原告のこれまでの施策が保障されていたからである。

次に、地区内の家賃は、差別によつて、一般市場の自由な需給関係の下におかれず、また、部落民の低い世帯収入に応じて、一般市場におけるそれよりも、極めて低額であつた。改良住宅の家賃は、改良住宅入居前の借家人・借間人の右のような生活実態を考慮して決定されていたのであり、これを一挙に公営住宅なみに引き上げるとすれば、未だ改良住宅に入居できていない部落民にとつては死活問題となる。

(四) まとめ

以上のように、本件改良住宅の家賃は、住改法、同対法の趣旨、目的及び改良住宅建設の経過に照応して、部落問題の解決という目的にそつた政策家賃として、その時々に定められてきたものであつて、今後とも、部落民に対し憲法二五条、一四条の権利を保障し、部落問題の解決をはかるという目的の下に、地区居住者の生活実態、居住実態に即した客観的相当額に定められなければならない。

三  本件条例の違法性

(一) 本件条例の制定は、住改法二九条により原告に義務付けられているものであるが、原告は、改良住宅について、昭和四八年の本件条例の改正に至るまで、制定を怠つていたうえ、右改正において、改良住宅を第二種市営住宅の一つとし、一〇条(住改法による入居)及び二五条二項(割増し家賃)に特例を設けた以外、全く、他の公営住宅と同一に取り扱つている。

(二) しかしながら、前述のとおり、改良住宅は、昭和二七年以来一貫して部落問題解決のために建設されてきた住宅であり、公営住宅とは全くその本質を異にしている。したがつて、原告は、右の目的と経過に応じて、住改法二九条に基づいて、特別の条例を制定するか、本件条例において特別の詳細な規定を認めるべきである。

ところが、原告はこれに反して、改良住宅の家賃を第二種公営住宅なみにまで値上げすることを企図して、本件条例で、改良住宅に関して公営住宅と同様の規定を定めているのであるから、本件条例は、違法である。

三 本件条例一五条一項は、「市営住宅の家賃の額は、公営住宅法一二条一項に規定する算出方法により算出した額の範囲内において定める」とし、同条二項も同様である。しかし、住改法は、公住法の規定を準用しているが、適用していないのであるから、このように、公営住宅の家賃と改良住宅の家賃とを全く同一視して、市営住宅一般の家賃として取り扱い、公住法をそのまま適用するのは、すでに詳述したような公営住宅と改良住宅の本質的相違及び住改法制定過程での国会審議、さらには、同対法を踏みにじり、ひいては憲法二五条に違反する。

(四) 次に、原告は、あらかじめ家賃値上げを予定し、これを容易に実現するための行政の常套手段として、本件条例一五条で家賃の決定、変更は「別に定める」として、これを本件規則にゆだねている。しかし、改良住宅の家賃の決定、変更は、住改法の目的と制定過程に照らして、住改法二九条の規定を厳格に遵守し、地方公共団体の議会の議決を必要とする条例によつて、直接制定されるべき性質のものであつて、これを規則にゆだねるのは違法である。

四  今回の家値上げの不当性

(一) 家賃値上げの経過と不当性

原告は、今回、地元部落民並びに改良住宅入居者との事前の協議や話合いもなく、一方的に、改良住宅の家賃を四倍から四倍半に値上げすることを強行した。しかも、その値上げは、物価水準の上昇による財政的、経済的な必要にせまられたものではなく、改良住宅の家賃が一般の物価水準に比べて非常に安いという部落民に対する差別的反感と憎悪を唯一の根拠とするものである。そのような値上げは、住改法の家賃変更規定のいずれにも該当しない違法なものであるばかりか、改良住宅建設の目的や経過及び同対法制定の趣旨等を著しく踏みにじり、部落問題の完全な解決と全く相反するものである。

さらに、今回の家賃値上げを実際に担当した原告の住宅局改良事業室長訴外鳥井茂らは、同和予算から三億円にものぼる公金を詐取し、これを、地元団体の幹部の買収をはじめ値上げ後と値上げ前の家賃差額の負担等の工作費に不正に使用して、本件の家賃値上げを強行した。これは、差別行政の最たるものであり、その実施手続は、法的にも社会的にも到底容認されるべきものではない。

(二) 原告の掲げる値上げ理由に対する具体的反論

1 原告は、生活保護世帯に対する住宅扶助の引上げを値上げ理由とし、当初の改良住宅家賃が住宅扶助料金七三〇円を参考として決められたから、住宅扶助料の範囲内であれば、生活保護世帯も支払可能であると主張する。

しかし、一般自由市場の賃料を基準に決定される住宅扶助料が改良住宅の家賃決定について参考にされたことは一度もないし、部落の家賃は、現実には、それよりはるかに低額である。当初の改良住宅の家賃金七〇〇円は、当時の改良住宅建設についての法的、財政的不備の下に、やむなく、決定されたもので、部落民の圧迫された生活に即したものではなかつた。そして、原告は、その後、前述の改良住宅建設に対する法的、財政的制度の整備に応じ、住宅扶助料や物価の上昇とはかかわらなく、部落民の低い生活実態と原告の部落問題に対する認識水準に照応して、その時々に、改良住宅の家賃を低額な政策家賃として決定してきたのである。

また、住宅扶助料は、生活保護受給世帯に国から支給される金額であり、各世帯は、家賃を自ら負担するものではない。したがつて、右金額は、自らの乏しい収入の中から支払うべき改良住宅の家賃の基準となるものでない。しかるに、原告が、今回の値上げに住宅扶助料をもちだしてきたのは、原告が、一般生活困窮者対策としての行政と部落問題解決のための同和行政とを同一に扱うことによつて、後者を前者の中に解消しようとしているからである。

2 次に原告は、物価の変動や公営住宅の家賃との格差を値上げの理由とする。

しかし、物価の上昇は、常に社会の底辺階層を最も圧迫する。ましてや、部落民は、差別の本質に制約されて常に境界階層として劣悪な生活を強いられており、物価の上昇によつてその生活を一層苦しくされてきた。原告は、このような実態を知つているからこそ、また、前述のとおり部落民が自らの土地や家屋を半ば強制的に原告に提供してきたという経過があるからこそ、これまで、物価変動や公営住宅家賃との格差等を、同和行政の中で問題としたことはなかつたし、問題とする必要もなかつたのである。

そもそも、公住法一三条一項一号が物価の変動を家賃変更事由としているのは、物価の変動によつて、住宅の維持・管理に要する経費に具体的な不足を生じる等の経済的、財政的必要が生じた場合に家賃変更を認めているのである。ところが、原告は、今回の家賃値上げが財政的、経済的な必要性によるものでないことを市議会でも明言し、また、本件訴訟でも、自認している。

また、改良住宅は、前述のとおりその目的も建設の経過も一般の公営住宅と異なるのであるから、一般公営住宅の家賃と改良住宅の家賃とを比較し、その均衡をはかるため家賃を値上げすることは認められていない。この点について、原告は、被告らの追及によつて、右公営住宅家賃との格差は、物価変動を端的に示す一事象であるとすりかえて主張するに至つた。しかし、物価変動を示すのにわざわざ公営住宅家賃との格差をもちだすこと自体、改良住宅建設の目的と経過を踏みにじり、部落民があたかも得をしているような差別観念を煽ることを企図するものである。

なお、原告は、公住法一三条一項一号の事由の中に物価の上昇により「市民負担の均衡をはかる」ことや「あまりに低額な家賃は同和問題の解決には必ずしも好ましくない」といつた政策的な必要性が生じた場合も含まれると主張する。しかし、先に述べたとおり、公住法の規定を住改法により改良住宅に準用するにあたつては、物価変動によつて生じた具体的な財政的、経済的必要性そのものを、住改法制定の目的や経過、政策的内容に照らして判断するべきものであつて、原告のように、財政的、経済的に具体的必要性がないのに、部落民に対する差別的反感と憎悪に基づく恣意的な「政策的必要性」を、この法文にもち込むことは許されない。

3 原告は、今回の値上げの理由として、部落の生活は向上したと主張する。

しかし、前述のとおり、原告の実態調査でも部落の世帯収入は、京都市民の平均月収より金一〇万円も低く、生活保護受給率は、全市平均の七倍である。部落民は、依然として、就職の機会均等、教育の機会均等の権利等を不完全にしか保障されておらず、各目上の収入の向上も、一般勤労市民との間に、常に相対的な格差を保つている。原告は、このような部落の劣悪な生活実態を無視しただけでなく、生活向上の実態についての被告らへの釈明さえ拒否している。右は、部落民の生活実態を基準としてきたこれまでの同和行政を、原告が自ら放棄したことを意味する。

4 また、原告は、先の値上げの「政策的必要」として、前述のとおり、あまりに低額な家賃は、家賃が住まいに対する負担であることの認識や感覚を低下させ、入居者の経済的自立や住居移転の自由の障害になる等と主張するが、このような主張は、事実に反するばかりか、部落民を侮辱し、部落民に対する差別的反感と憎悪に満ち満ちた差別そのものにほかならない。また、市民負担の均衡をもちだすことは、いわゆる「逆差別」論を煽動せんとするものである。

しかし、原告の実態報告によつても、過半数を超える部落民が、政策的に低額になつていたこれまでの家賃額さえ、「低い」とは感じていない。それは、生活保護基準ぎりぎりの生活を余儀なくされている境界階層としての実感である。これには、背景として将来にわたつて家賃を値上げしないという原告の方針の下に自らの土地・家屋を半強制的に提供したという歴史的経過がある。また、右実態報告によつて、家賃を安いと感じていると報告されている者も、家賃が生活費の中に占める比重が軽くなつたことをいいあらわしたにすぎない。改良住宅は、その建設の目的と経過からすると、まさに、生活費における家賃負担の比重を軽減するためにこそ、政策的に家賃を低くおさえてきたのである。

さらに、部落民が、住居移転の自由を享受し得ないのは、差別の本質に制約されて、今日なお圧迫された生活を余儀なくされているためであつて、改良住宅の家賃があまりに低額なため等では決してない。地区外への転出のみが居住、移転の自由であるとするのは、悪名高い「部落分散」論以外の何ものでもない。

(三) まとめ

原告は、今回の四倍から四倍半にのぼる改良住宅家賃値上げについて、それを実施する明確で社会性のある理由を何ひとつ示し得ていない。ただあるのは、改良住宅建設の目的や経過、そして、部落民が今なお差別の本質に制約されて、劣悪な生活を余儀なくされていることを無視した部落民に対する差別的反感と憎悪のみである。

このような差別に基づく原告の家賃値上げは、住改法二九条で準用する公住法一三条一項一号に該当しないことはいうまでもなく、同対法並びに憲法にも違反する無効なものである。

五  家賃値上げの意思表示の欠除

(一) 本件改良住宅の利用関係は、私法上の家屋賃貸借関係となんら異なるところはなく、これについては、借家法が適用される。原告のいう公住法一二条、一三条、本件条例及び本件規則は、単に家賃額決定の基準と手続を定めたもので、私法の適用を排除する公法上の特別の定めにあたらない。

(二) ところで、原告は、被告らに対し、今回の値上げについて、賃料増額請求権の行使としての個別の意思表示をしていない。原告のいう文書による家賃値上げ等の告知は、単に不特定多数の者に対してなされた公報活動ないし単なる行政サービスにすぎない。

(抗弁)

被告らは、「京都市改良住宅家賃値上げ反対同盟連合会」の下に結集して、本件家賃の値上げに反対し、旧家賃額を供託してきている。

(抗弁に対する原告の答弁)

一 本件市営住宅の家賃は、前述のとおり、公住法一三条一項により、条例によつて変更されるものとされており、本件では、右条例の委任に基づいてなされた原告の市長の本件改正規則の公布、施行によつて法的効果が生じた。したがつて、このような場合には、家賃の変更を当事者の私的自治にゆだね、協議によつて決定することを前提としている借家法七条二項の適用はない。したがつて、被告らのした従前の家賃額の供託は無効である。

二 そのうえ、被告らの供託金額は、最高でも変更後の家賃額の五五パーセントにすぎず、大半が五〇パーセントにも達しないものであるから、信義則に照らして無効である。

第三 証拠関係〈省略〉

理由

一争いのない事実について

以下の事実は、被告らがこれを明らかに争わないから、民訴法一四〇条一項によつて自白したものとみなされる。

(一)  原告は、本件市営住宅及び本件付属施設を管理する地方公共団体である。

(二)  被告らは、それぞれ、原告から別紙目録の入居承認年月欄記載の各月に、入居承認に係る市営住宅の位置及び名称欄記載の各市営住宅への入居を承認されてこれに入居している者であり、また、備考欄に店舗を含むとの記載のある被告らは、右入居承認に係る市営住宅の位置及び名称欄に(店舗)として表示した本件付属施設の使用をも承認されてこれを使用している者である。

(三)  本件市営住宅は、法律上、公住法に基づいて建設された第二種公営住宅と、住改法に基づいて建設された改良住宅とに分けられるが、原告は、これらの住宅をいずれも同和地区住環境整備事業の一環として国の補助を受けて建設してきたものであつて、両者を「改良住宅」と総称して同様に管理している。

(四)  本件付属施設は、地方自治法二四四条一項、本件条例三条一項に基づいて設置された。

(五)  原告は、本件市営住宅を含む各種市営住宅及びその付属施設の管理について、本件条例を制定し、原告の市長は、本件条例三三条の委任に基づき本件規則を制定し、市営住宅及び付属施設の家賃及び使用料(以下合わせて家賃等という)を定めている。

(六)  原告の市長は、昭和五三年三月三一日、本件改正規則を制定、公布し、本件市営住宅を含む市営住宅及びその付属施設について、家賃等の変更を行い、これを同年七月一日から施行した。ただし、本件改正規則によると、家賃等の変更は、段階的に行われ、同年七月一日から昭和五四年六月三〇日までの間は、暫定家賃及び暫定使用料が適用されることになつた。しかし、その後、本件再改正規則の制定、公布、施行により、当分の間、右暫定家賃及び暫定使用料のままとすることが定められ、今日に至つている。

(七)  個々の本件市営住宅及び本件付属施設に関する変更前の家賃等並びに暫定家賃及び暫定使用料は、別紙目録の従前家賃欄並びに改定家賃欄に記載したとおりである。

(八)  被告らのうち、別紙目録の家賃未払額昭和五三年六月以前の欄に未払額の記載された者は、同目録備考欄の内訳どおり昭和五三年六月分以前の家賃を怠納している。

二本件市営住宅の家賃の変更の法的根拠について

はじめに、本件市営住宅を含む「改良住宅」の家賃の決定及び変更の法的根拠並びにその基準について検討する。

(一)  住改法は、改良住宅の家賃の決定及び変更について、次のとおり定めている。

第二九条(国の補助に付る改良住宅の管理及び処分)

①  第二七条第二項の規定により国の補助を受けて建設された改良住宅の管理及び処分については、改良住宅を公営住宅法に規定する第二種公営住宅とみなして、同法第一一条の三、第一二条、第一二条の三から第二一条の二まで……の規定を準用する。(以下略)

②  前項の規定による公営住宅法の規定の準用について必要な技術的読替えは、政令で定める。

(二)  公住法は、公営住宅の家賃の決定及び変更について、次のとおり定めている。

第一二条(家賃の決定)

①  公営住宅の家賃は、政令で定めるところにより、当該公営住宅の工事費(略)を期間二〇年以上、利率年六分以下で毎年元利均等に償却するものとして算出した額に修繕費、管理事務費、損害保険料及び地代に相当する額(略)を加えたものの月割額を限度として、事業主体が定める。

②  事業主体は、前項の規定にかかわらず、収入が著しく低額であることその他特別の事情がある場合において家賃の減免を必要とすると認める者に対して、家賃を減免することができる。

③  前二項に規定する家賃に関する事項は、条例で定めなければならない。

第一三条(家賃及び敷金の変更等)

①  事業主体は、次の各号の一に該当する場合においては、条例で、第一二条の規定による家賃(略)を変更し、又は第一二条一項及び第二項の規定にかかわらず家賃を別に定めることができる。

一 物価の変動に伴い家賃を変更する必要があると認めるとき、

二 公営住宅相互の間における家賃の均衡上必要があると認めるとき。

三  公営住宅について改良を施したとき。

② 事業主体は、前項の規定により第一二条第一項に規定する限度をこえて家賃を定め又は変更しようとするときは、公聴会を開いて利害関係人及び学識経験のある者の意見を聞いたうえ、建設大臣の承認を得なければならない。

③ 建設大臣が政令で定めるところにより住宅宅地審議会の意見を聞き建築物価の変動を考慮して地域別に定める率を当該公営住宅の工事費に乗じて得た額を期間二〇年以上、利率年六分以下で毎年元利均等に償却するものとして算出した額に修繕費、管理事務費、損害保険料及び地代に相当する額を加えたものの月割額が、第一二条一項に規定する限度と異なる場合においては、前項の規定の適用については、当該月割額を第一二条一項に規定する限度とみなす。(以下略)

④ (略)

⑤ (略)

(三) 次に、〈証拠〉によると、原告は、本件条例で、第二種公営住宅及び改良住宅を合わせて第二種市営住宅としたうえで、その家賃の決定及び変更について、次のとおり定めていることが認められ、この認定に反する証拠はない。

本件条例第一五条(家賃の額)

① 市営住宅の家賃の額は、公営住宅法第一二条第一項に規定する算出方法により算出した額の範囲内において、別に定める。

② 市長は、公営住宅法第一三条一項各号の一に該当するときは、前項の規定にかかわらず、家賃の額を別に定めることができる。

③ 市長は、前項の規定により公営住宅法第一二条第一項に規定する月割額(その額が同法第一三条第三項に規定する月割額と異なるときは、同項に規定する月割額)の限度をこえて家賃の額を定めようとするときは、公聴会を開いて利害関係人及び学識経験のある者の意見を聞かなければならない。(以下略)

本件条例第三三条(委任)

この条例において別に定めることとされている事項及びこの条例の施行に関し必要な事項は、市長が定める。

(四) 以上の法条によると、改良住宅の家賃の決定及び変更については、公住法一二条及び一三条が準用される結果、専ら事業主体に法定の限度内で家賃の決定及び変更をする権限が与えられており、これについては公聴会の開催や建設大臣の承認を要しないのである。そして、原告は、さらに本件条例によつて一定の限度を付したうえで、これを原告の市長に委任していることが明らかである。

そうすると、公住法一三条一項の各号に該当する場合に、市営住宅(公営住宅及び改良住宅)の家賃を具体的にいかなる金額に変更するかということは、それが公住法一三条三項の法定家賃変更限度額内にとどまる以上、原告の市長の裁量にまかされていると解するのが相当である。

もつとも、原告の市長に右裁量権があるといつても、その裁量権の行使が、濫用にわたり、裁量権の範囲を逸脱することが許されないことはいうまでもない。そのような場合として、当該住宅の建設目的等に照らして家賃の変更額が著しく合理性を欠いたり、家賃の変更の必要性の認定が著しく恣意的なときなどが挙げられる。

また、公営住宅の使用関係中、公法的規制の及ばない面については私法上の契約原理が働くこと、及び公住法一三条一項は、家賃の変更の許される場合を同項一号ないし三号に限定していることからすれば、家賃の変更の程度は、原則として、その変更事由に相応する限度に止めるべきである。

(五) 以上の結論に対し、被告らは、「改良住宅」と一般の公営住宅とは本質的に相違し、これを同一に論ずることは許されないと強調する。

しかし、住改法二九条は、改良住宅の管理について、改良住宅を第二種公営住宅とみなし、公住法の規定を大幅に準用している(なお、住改法二九条二項に基づく住改法施行令一二条によると、公住法に基づく政令の規定までも全面的に準用することにしている)のであるから、改良住宅と公営住宅とは、前項に述べた法理に差異がない。したがつて、原告が、改良住宅と一般の第二種公営住宅とを合わせて第二種市営住宅として、住改法に特則のある場合を除き、本件条例によつて同様に管理していることを、違法視する理由はない。被告らが強調するような「改良住宅」建設の目的や経過、あるいは、住改法や同対法の趣旨等は、すべて、本件市営住宅を含む「改良住宅」の家賃の変更が、原告の市長に与えられた右裁量権の範囲を逸脱し、またはその濫用にわたるか否かの判断にあたつて考慮すべき事情にすぎない。

また、本件条例が、個々の住宅に関する具体的な家賃額の決定及び変更を原告の市長に委任していることは、その算定方式について一定の限度を定めている(本件条例一五条一項)ことや諮問機関の設置(本件条例二九条)等に照らして、違法とすることはできない。さらに、「改良住宅」の家賃に関してだけ、特に、市議会で直接決定、変更すべきであつて、これを原告の市長に委任できないとする理由はない。

三今回の本件市営住宅の家賃の変更(以下本件家賃変更という)の適法性について

(一)  前記当事者間に争いがない事実や、〈証拠〉によると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  原告は、昭和二七年、錦林地区に最初に建築した「改良住宅」の月額家賃を、当時の住宅扶助基準額金七三〇円を考慮して、法定家賃限度額金一七五七円の約四〇パーセントにあたる金七〇〇円と決定した。

原告は、その後建築された「改良住宅」について、住宅の間取りが、六帖、4.5帖、三帖台所であり専用床面積が三五平方メートル前後であつたことや、住宅扶助基準額に大幅な改定がなかつたことから、昭和二八年から昭和三〇年までは毎年金一〇〇円ずつ増額したが、昭和三四年に金一一〇〇円と決定して以来、そのままにしてきた。

原告は、その後、昭和四四年度に養正市営住宅第一一棟を高層住宅として建設したが、同棟は、間取りが六帖、4.5帖、三帖、ダイニングキツチンで、専用床面積が四三平方メートルとなり、流しや便所等の設備が充実したこと等を考慮して、原告は、家賃を金一五〇〇円と決定し、以後同程度の住宅については、これにならつた。

「改良住宅」は、昭和四六年以降、国の補助基準床面積が年々拡大されたため広くなつた(広いものでは五八平方メートル)。そこで、原告は、物価の上昇等を考慮し、昭和五〇年度に供用を開始した住宅の家賃を金二〇〇〇円とし、以後これにならつた。

しかもこの間、供用開始にあたつて一旦決定した家賃は、その後一度も値上げをせず据え置かれてきた。そのため、昭和五一年当時、二六一八戸の「改良住宅」の家賃の平均額は、金一二九一円にとどまつた。

新規に供用された住宅の家賃の法定家賃限度額に対する割合は、当初の四〇パーセント程度から、昭和四〇年ころで一〇数パーセント、昭和五〇年建設の楽只市営住宅第一三棟では、わずかに7.2パーセントになつた。

2  その間、物価は著しく上昇した。すなわち、

京都市内の地代・家賃指数(昭和四五年以降は家賃指数)は、昭和二八年を一〇〇とした場合昭和五二年一〇月は約六七七となり、総合消費者物価指数でみても約四二二となる。

また、右のような物価の上昇は、昭和四六、七年以降において特に顕著であつた。

3  右のような物価上昇の傾向を反映して、一般の家賃水準は著しく高額化した。すなわち、

(1) 新規に供用される一般の公営住宅の家賃は、上昇を続けてきたが、原告は、昭和五一年四月、「改良住宅」を除く市営住宅の従前の家賃の変更を行つた。その結果、昭和四七年以前に建設された「改良住宅」以外の第二種公営住宅の家賃は、変更前の平均金四五三七円が、変更後は金七〇一一円となつた。

(2) 京都市内の公団住宅の家賃は、昭和五二年当時、三五平方メートル程度でも、建築年次の古いもので金一万五〇〇〇円、新しいもので金五万円を超えた。

(3) 生活保護世帯に対する住宅扶助基準額は、一般の家賃水準の上昇を反映して、昭和二七年当時の金七三〇円から昭和五二年には金九〇〇〇円になり、特に京都市では金一万八三〇〇円までの特別基準が認められた。

4  他方、物価の上昇及び所得水準の向上に応じて、同和地区居住世帯の名目上の所得額は、年々上昇していつた。すなわち、

京都市の昭和二六年、昭和四五年及び昭和五二年の各実態調査によると、世帯当たりの生計費ないし収入額は、それぞれ別紙統計表一のとおりである。これによると、昭和二六年ころは、月収金六〇〇〇円以下の世帯が五〇パーセントを占めていたのに対して、昭和四五年ころは、月収金四万円以上の世帯が六〇パーセントとなり、昭和五二年ころは、月収金一〇万円以上の世帯が六五パーセントとなつて、平均月収額が金一五万円程度になつたことが判る。

5  右のような同和地区居住世帯の名目所得額の上昇と前述の「改良住宅」家賃の基本的な据え置きとの関係から、「改良住宅」居住者の世帯収入に占める家賃の負担割合は、著しく低下した。すなわち、

(1) 昭和二七、八年当時の世帯当たりの平均収入をかりに一か月金七〇〇〇円前後とすると、当時の「改良住宅」家賃は、その約一〇パーセント程度を占めていたことになる。

(2) また、国会での昭和三五年の住改法制定時の審議では、改良事業の対象地区のいわゆる境界層の世帯収入を、五人家族で一か月金一万五〇〇〇円ないし金一万六〇〇〇円とみている。他方、その際、住改法に基づく国庫補助により、改良住宅の法定家賃限度額は、一か月一六〇〇円程度になるものと試算されたが、不良住宅地区の当時の家賃額が金六〇〇円ないし金七〇〇円位であることや、前記世帯収入額等からすると、改良住宅の当初の家賃は、金一〇〇〇円あるいは金一〇〇〇円以下にすることが望ましいとされた。そうすると、改良住宅の家賃は、法定家賃限度額では世帯収入の一〇パーセント程度になるが、これを六パーセント程度以下にとどめることが望ましいとされたのである。

被告らの指摘する住改法制定時の国会の付帯決議や事務次官通達は、右のような審議を前提にしてなされたものである。

(3) 昭和四五年当時の世帯当たりの平均収入をかりに一か月金五万円とすると、当時の「改良住宅」の標準的な家賃金一一〇〇円ないし金一五〇〇円は、その二パーセントないし三パーセントにすぎない。

(4) 昭和五二年当時の世帯当たりの平均収入をかりに一か月一五万円とすると、変更前の標準的な「改良住宅」の家賃金一一〇〇円ないし金二〇〇〇円は、その0.7パーセントないし1.3パーセントにあたり、前記「改良住宅」家賃の平均額金一二九一円は、右平均収入額のわずかに0.86パーセントにすぎない。

6  以上に述べた家賃の家計費中に占める相対的な割合の著しい低下に伴い、都市科学研究所が行つた「改良住宅」入居者の意識調査でも、家賃を安いと感じている者が四一パーセント、適当とする者が五四パーセント、なお高いとする者が四パーセントであつたが、その割合は、所得階層別に分けてもあまり大きな差がなかつた。また、家賃滞納者のうち、収入の不安定を理由とする者は、むしろ少なく、毎月払うのが面倒であるとか、忘れることがあるとかの理由をあげる者が、半数近くに達した。

7  他方、建築物価の高騰により原告が「改良住宅」の修繕工事等に要した費用は、通常の管理費を除いても、昭和五〇年度で一戸当たり年間金一二万余円、五一年度で年間金一一万余用、五二年度で年間金一七万余円にのぼつた。原告の昭和五二年度の右費用は、管理戸数三〇八〇戸分合計金五億二三〇〇万余円の巨額となつた。

昭和五二年の「改良住宅」全体の家賃収入の予定額は、金四一八二万余円(実際の収入額は金三六八八万余円)であるから、右修繕工事等に要した費用は、家賃収入の一二倍以上にあたることになる。

8  そこで、原告の市長は、公住法一三条一項一号にいう物価の変動に伴い家賃を変更する必要が認められるとして、昭和五三年三月三一日本件規則を改正して(本件改正規則)、同年七月一日から「改良住宅」の家賃を変更することとした。

右変更後の個々の家賃額の算出については、原告の市長は、請求原因四項(四)1ないし4に記載した方式によつた。すなわち、

原告の市長は、従前の「改良住宅」の家賃全体が、前述のとおり昭和二七、八年当時の家賃額を標準として基本的に据え置かれてきたことに鑑み、変更当時建設していたのと同じ構造(中層耐火構造)の住宅として昭和二八年度建設の養正市営住宅一棟を基準住宅として選び出し、右基準住宅の変更前の月額家賃金八〇〇円に、変更時までの物価上昇率(前記6.77)を乗じ、かつ、供用開始後の経過年数(住宅の老朽度)を考慮して変更基準額金三六〇〇円を算出したうえ、これに、各住宅ごとの床面積及び供用開始年度を加味して各住宅ごとの家賃を算出し(ただし、右方式によると、たとえば楽只市営住宅第一五棟(面積58.35平方メートル)では、変更後の家賃が金九〇〇〇円を超えるので、これを住宅扶助料金九〇〇〇円の範囲にとどめた)、そのうえで、請求原因四項(四)5のとおりの端数処理及び階層調整を行つて、各往宅ごとの変更後の家賃額を算出した。

さらに、原告の市長は、前述のとおり、急激な家賃の上昇を避けるため、家賃の変更を段階的に行うこととして、変更後の家賃が金八三〇〇円未満の場合は、おおむね家賃増額分の二分の一を変更前の家賃に加算した金額を暫定家賃とし、変更後の家賃が金八三〇〇円以上の場合は、当初一年間の暫定家賃を金五〇〇〇円、その後さらに一年間の暫定家賃を金七〇〇〇円にする配慮を加えた。しかし、本件再改正規則によつて、当分の間は、当初の暫定家賃のままとされた。

9  このようにして変更された暫定家賃額を、「改良住宅」全体についてみると、おおむね別紙統計表二に記載した棒グラフのとおりである。これによつて京都市内の合計二九〇四戸の「改良住宅」の変更後の家賃の加重平均額を算定すると、当初昭和五四年七月一日から施行する予定であつた月額家賃額(以下最終家賃額という)で金五三〇六円、暫定家賃額で金三三〇五円となり、これらを、先の昭和五二年当時の平均月収額金一五万円と比較すると、最終家賃額でその3.5パーセント、暫定家賃額でその2.2パーセントに当たる

また、本件市営住宅について、従前の家賃額、法定家賃限度額、法定家賃変更限度額、暫定家賃額、最終家賃額等を一覧表にして対比すると、別紙家賃等一覧表のとおりである(なお、個々の住宅の家賃は標準的なもの)。

10  公住法一二条二項は、収入が著しく低額であることその他特別の事情がある者に対して、公営住宅の家賃を減免し、また、同法一三条の二は、その徴収を猶予することができる旨を定めているが、原告も、本件条例一六条に同旨の規定を設けており、原告の市長は、これに基づいてその取扱要綱を定めている。

原告の市長は、昭和五四年一〇月、「改良住宅」について、さらに具体的に「改良住宅等家賃減免及び徴収猶予取扱要綱」を定め、「改良住宅」入居の低収入世帯(たとえば、三人世帯で当時年収金一七〇万円以下の世帯)その他特別の事情により家賃の支払が困難な世帯に対して、一定の率で家賃の減免、徴収猶予を行うこととし、これを、本件家賃変更時に遡つて適用することにした。

(二)  以上認定の事実から、次のことが結論づけられる。

1  本件訴訟で請求されている暫定家賃額はもちろんのこと、最終家賃額でも、すべて、法定家賃変更限度額の範囲内にある。したがつて、これら家賃の変更額は、原告の市長が裁量の範囲できめることができるものである。

2  本件の各「改良住宅」の家賃は、いずれも、その供用が開始されて以来本件家賃変更時まで一度も変更がなされないまま据え置かれてきた。また、新たに供用される「改良住宅」の家賃も、物価の著しい上昇にもかかわらず、既存の「改良住宅」の家賃との関係その他政策的な配慮に基づいて、最高のものでも月額金二〇〇〇円に低くおさえられてきた。そのため、「改良住宅」の家賃は、物価の上昇や所得水準の向上に伴つて、昭和二七年当時の水準(月額金七〇〇円、所得の約一割)よりも、相対的に著しく低下してしまつた。その結果、「改良住宅」の家賃は、昭和五二年当時、物価の上昇に伴う一般の住宅費や「改良住宅」入居者自身の所得額等と比較して均衡を失し、社会的な相当性を欠くと判断される状態に至つた。また、「改良住宅」の家賃は、「改良住宅」自体の修繕工事等に要した費用の一割をも満たさなくなつた。

右のような事態は、そのこと自体、物価の変動に伴い家賃を変更する必要があると認められる場合にあたるというほかはない。

3  原告の市長は、「改良住宅」の家賃を昭和五二年当時の物価水準にスライドさせるにあたつて、一個の基準住宅を選定したうえで、その基準変更額を定め、これに各個の住宅についての個別事情を加味していくという方式を採用して家賃変更額を決定したが、そのような方式は、合理的なものというべきである。けだし、「改良住宅」は、一定の地区に一定の政策的な目的をもつて建設された集団住宅であるから、各個の住宅の家賃は、居住面積の広狭、施設の充実の程度、老朽化の程度等に応じた合理的な体系の下にあることが望ましく、その時々の土地代や建築費用を家賃に単純に直接的に反映させることは、同程度の住宅でありながらその家賃に著しい差が生じることになり、適当ではないと考えられるからである。ちなみに、変更前の家賃は、右のような意味でおおむね一定の枠内にあつたものとみることができる。

もつとも、右のような方式を採用したため、建築年度の新しい「改良住宅」の家賃が、当該建物の供用以後の物価上昇率を上回る率で変更される結果となつたことは否めない。しかし、そのような事態は、結局のところ、当該住宅の従前の家賃がその時々の物価の上昇や入居者の所得の上昇の実情を反映しないままに、既存の「改良住宅」の家賃額との関係等から、低く決められていたことの結果にほかならない。そのために、既存の「改良住宅」の家賃を物価の上昇に応じて上げようとすれば、それとの均衡上、建築年度の新しい「改良住宅」についても、必然的に同程度の値上げをせざるを得なくなる道理である。したがつて、右のような値上げも、「改良住宅」家賃の前述のような体系に鑑みると、全体として、物価の上昇に相応した値上げ幅の範疇に入るものというべきである。

4  また、変更後の家賃が入居者の平均所得中に占める割合は、国会での住改法制定当時の審議過程で討議された割合をかなり下回り、変更後の家賃の絶対額でも、京都市内の一般の低所得者向住宅である第二種公営住宅の平均家賃をも相当下回り、その多くは、建設大臣の告示を基礎とする家賃変更限度額の二分の一ないし三分の一にとどまつている。

そのうえ、原告の市長は、収人が著しく低額で家賃の支払が困難な「改良住宅」入居世帯に対しては、特別の減免等の取扱要綱を定めて、これに対処することにしている。

(三)  まとめ

このようにみてくると、変更後の家賃が高額に失し、これが「改良住宅」建設の目的や経過に照らして著しく合理性を欠き、裁量権の範囲を逸脱し、またはその濫用にわたるとは到底いえないとしなければならない(なお、次項(一)参照)。

四被告らの主張について

(一)  被告らは、まず、本件家賃変更は、「改良住宅」が部落問題を解決するという目的のために建設されてきたという歴史的事実を歪曲、無視しており、憲法一四条、二五条、住改法制定の趣旨、同法制定時の付帯決議等の内容、同和対策事業の推進を地方公共団体の責務とした同対法の趣旨及びこれらによつて認められた大幅な国庫補助と財政的な優遇措置に反していると主張する。

しかし、住改法や同対法によつて認められた住宅建設及び住宅建設用地取得造成費に関する国庫補助額や都道府県からの補助金は、住改法の準用する公住法一二条、一三条の規定上、法定家賃限度額及び法定家賃変更限度額そのものに反映される仕組みになつているのであつて、住改法や同対法が、右による家賃の制限を超えて、さらに家賃を低額に決定すべきことを事業主体に法律上義務付けていると解する根拠はない。また、そのほかに、同対法によると、不良住宅の買収除却費や一時収容施設設置費等の補助率の引上げ、地方交付税での財政上の優遇措置、起債充当率の引上げ等の措置がとられているが、同対法及び住改法上、これらは、前述の法定家賃限度額に直接反映させる仕組みにはなつていないのであるから、単に、地方公共団体に対し改良住宅の建設を促進させるための財政的な効果を有するにとどまるものであつて、建設後の改良住宅の家賃の具体的な決定にあたつて、これらの事項を直接考慮しなければならない法律的な根拠はない。

また、同対法は、同和対策事業の推進によつて、対象地域の住民の社会的経済的地位の向上を不当にはばむ諸要因を解消することが、すべての国民及び国、地方公共団体の責務であると規定している。

しかし、右の目的、すなわち被告らのいう部落問題を解決するという目的のために、各地方公共団体が、具体的にどのような施策を実行し、かつ、それを一般の社会福祉政策とどのように関連付けるか、さらに、法律が具体的に規定している家賃の限度額を下回わつてさらにどの程度の財政的負担の下に家賃を低額に決定するか等の点は、同対法自体の規定からあらかじめ一義的に決定されるものでないことはいうまでもなく、これらの具体的な内容は、条例や規則の制定、予算の決定等の手続に通じて、最終的には地方公共団体の議会の意思に基づいて、その時々に、決定されるべき事柄に属する。したがつて、地方公共団体は、過去にとつた同和問題に対する具体的な施策を、必ずしもそのまま将来に継続しなければならないものではなく、また、法律の定める限度領をさらに下回わつて据え置かれてきた改良住宅の家賃について、法律の限度内で、一定の政策的な再評価をすることが禁じられるわけではない。それらは、既に検討したとおり、法律の規定によつて事業主体である地方公共団体の権限に属する範囲内で、その裁量にまかされているとするほかはない。

被告らの主張する住改法制定の趣旨目的等及び憲法の規定に関しても、右と同様である。

したがつて、被告らの主張するような点から、本件家賃変更を違法なものとすることはできない。

そのうえ、本件家賃変更の内容を具体的に検討したとき、前述のとおり、本件家賃変更は、従前の「改良住宅」家賃を全体としてその後の物価の上昇にスライドさせるために、その範囲内で合理的算定方法によつてされたものであつて、本件で現実に問題となる暫定家賃は、法定家賃変更限度額を大幅に下回るのはもとより、一般に第二種公営住宅の家賃水準をも相当下回るものであるから、これが、前記同対法等の趣旨に反するものとは到底いえない。

(二)  次に被告らは、原告が、本件家賃変更の具体的な必要性のひとつとして、市民負担の均衡が市民全体の同和問題に対する理解と協力を得るための基盤であること、あるいは、所得額に比較して低額にすぎる家賃は、かえつて、住民の生活設計を低額な家賃を前提とした「改良住宅」に限定させ、市民としての住居移転の自由の確立にとつて阻害要因となる虞れがあることをあげているのに対して、それは「逆差別論」であり「部落分散論」であると非難する。

しかし、この点に関する原告と被告らの争いは、結局のところ、同和問題に対する施策のあり方についての政策的な価値選択の問題に帰するところ、当裁判所は、前述のとおり、本件家賃変更については法の定める事由があり、かつ、その変更額も事業主体に許された裁量の範囲内に属すると判断したから、さらにすすんで、右のような政策的価値選択の当否を判断する必要がない。

(三)  被告らは、本件家賃変更は、改良住宅が、半強制的な土地収用を伴う地区清掃事業によつて、永住権・居住権を有していた土地・家屋を半強制的に低額な価額で取りあげられた地区住民に与えるための建替住宅であるという本質に反すると主張する。

しかし、住改法自体が、同法一条の目的を達成するための地区清掃事業について、土地収用法の適用等を認めつつ、同時に、法定家賃変更限度内では、家賃の変更を事業主体の権限としているのであるから、地区清掃事業としての改良住宅の性格と法定限度内での家賃の変更とは、法律上何ら矛盾するものではない。

そのうえ、住改法二九条一項は、改良住宅についても公住法二一条の二(収入超過者に対する措置等)の規定を準用しているから、住改法は、改良事業の施行に伴つて住宅を失つた者で法定の要件を満たす者については、その収入の如何にかかわらず、改良住宅に入居させ、引続き三年間は入居時の低額家賃(すなわち、改良事業に対する国の補助等により低額に決められた法定家賃限度額内の家賃)での居住を認めるが、その後は、この者を一般の住宅困窮者と同様に取り扱い、一定の基準以上の収入のある者は、改良住宅を明け渡すように努めなければならないとしているのであつて、被告らの主張するような従前の土地や家屋についての「永住権」や「居住権」に対する配慮が、法律の規定上は三年の期間を超えて保障されているものではないことが明らかである。

また、被告らは、改良住宅の家賃は、改良住宅入居前の低額な家賃の実態を考慮して決定されるべきであるとも主張する。しかし、右に述べたような趣旨からすると、改良住宅建設前の「不良住宅が密集する地区」(住改法一条)における家賃の水準を、入居当初の家賃額についてはともかく、入居後相当期間を経過した後の家賃額の決定にあたつても常に考慮しなければならないとする法律上の根拠はない。被告らの援用する国会での住改法制定時の討議の趣旨は、改良事業の円滑な実施のために、入居後数年間の家賃について、特別の配慮を要する点にあつたにすぎない(前掲甲第八号証による)。

(四)  被告らは、住改法二九条によつて準用する場合の公住法一三条一項一号の事由は、物価の上昇によつて住宅の維持・管理に要する経費に具体的な不足が生じる等事業主体の側に経済的、財政的な必要が生じた場合に限られると主張する。

しかし、一号の事由を、そのように限定的に解する法律上の根拠は見出し難く、原告の主張するように、物価の上昇によつて、当初の家賃が、入居者の負担能力、建物の効用あるいは設置目的等に照らして不合理になり、これを是正する必要が生じた場合が当然含まれると解するのが相当である。

なお、本件では、変更前の「改良住宅」の家賃は、その修繕工事等に要した費用の一割をも満たないのであるから、被告らの主張するような維持・管理に要する経費の不足等の経済的、財政的必要性がなかつたとはいえないのである。しかし、原告は、右の負担を社会福祉政策のひとつとして位置付け、右修繕工事等に要した費用全額を家賃でまかなうという方針をとつていないために、右の負担を本件家賃変更の主要な理由としていないだけである。

(五)  被告らは、本件家賃変更は、物価の上昇に苦しみ、一般勤労市民の所得水準と常に相対的格差を強いられ、境界層ぎりぎりの生活にある「改良住宅」入居者の生活実態を考慮していないと主張する。

しかし、本件家賃変更が、「改良住宅」入居者自身の平均的な所得水準の向上に応じて、その範囲内でなされており、変更後の家賃額が入居者の世帯収入中に占める割合も小さいこと、変更後の家賃額は、一般に第二種公営住宅の平均家賃額に比べても低い水準にあること、家賃の支払が困難な低所得者に対しては特別の減免あるいは徴収猶予の規定が設けられていること、以上のこと等前述のよう諸事情に照らすと、被告らの右主張は、採用し難い。

(六)  その他、被告らの主張するところは、いずれも、原告の本件訴訟での主張を正解せず、独自の意味付けを行つてこれを非難するものにすぎないか、あるいは、同和問題に対する施策のあり方に関する政治的、政策的次元における批判にとどまるものであつて、当裁判所が、法律上の主張として取り上げて判断する限りではない。したがつて、その他の主張は、いずれも本件家賃変更の違法性を裏付けるものではないから、採用し難い。

五今回の本件使用料の変更の適法性について

(一)  〈証拠〉によると、請求原因五項(本件付属施設の使用料の決定及び変更)(一)ないし(四)の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

(二)  右認定事実及び前述のような物価上昇の事実、「改良住宅」家賃変更の事実、並びに右使用料変更の基準に照らすと、本件付属施設(店舗)の使用料の変更は、十分合理的であつて、本件条例によつて与えられた原告の市長の裁量の範囲内に属するとしなければならない。なお、この点の判断は、本件家賃変更について詳述したところと全く同じであるから、ここで再び繰り返えさないことにし、これまでの説示をここに引用する。

六本件家賃変更及び本件使用料の変更の効力の発生について

(一)  被告らは、本件家賃変更について被告らに対し意思表示がないと主張する。

しかし、公営住宅及び改良住宅の家賃の決定及び変更は、法律上、専ら事業主体の権限に属し、条例で定めるものとされ、これについては入居者との協議等を要しないこととされているのである。そのわけは、これらの住宅の家賃の決定、変更は、その限度額が法定され、限度額を超える変更に関する建設大臣の承認手続等が設けられるなど、家賃が公営住宅等の家賃として不適当な額にならないような措置が法律上とられていること、入居者の個別的な事情は、それに応じて減免または徴収猶予の措置を講じうること、公営住宅は、多数の住宅を公平、迅速かつ一律に管理する必要があること、以上のこと等が考慮されたからである。

そうすると、家賃の変更を条例によるものとしている公住法一三条一項の規定は、民法及び借家法の特則をなすものであつて、これによる家賃の変更は、入居者に対する個別的意異表示をまつまでもなく、条例の制定、公布、施行によつて一律に当然効力が発生するものと解するのが相当である。

(二)  被告らに対する前記各暫定家賃を定めた本件改正規則が昭和五三年三月三一日公布され、同年七月一日から施行されたことは、被告らが明らかに争わないから、本件家賃変更の効力は、右施行時に効力が生じたものというべきである。

(三)  本件付属施設は、地方自治法上の公の施設であつて、その使用料の変更も条例によつてなされるものであるから、本件家賃変更と同じ理由で、昭和五三年七月一日にその変更の効力が生じたものというべきである。

七旧家賃の供託について

被告らは、本件家賃変更以来、変更前の家賃を供託していると主張する。

しかし、公住法一三条一項は、民法及び借家法に対する特則をなすものであつて、家賃の変更を専ら事業主体の権限に属させている。したがつて、家賃の変更が当事者の協議によつて成立することを前提に、家賃増額を正当とする裁判が確定するまで、借家人は相当と認める借賃を支払うをもつて足ると定めた借家法七条二項の規定は、公営住宅及び改良住宅の家賃に適用又は準用されないと解するのが相当である。

そうすると、被告らの供託額は、変更後の家賃(暫定家賃)の一部にしかすぎず、また供託を有効とすべき特別の事情が認められないから、結局、被告らの供託によつて変更後の家賃の一部が弁済され、その範囲で家賃及び使用料債務の一部が履行されたとすることはできない。

八取り下げられた請求について

原告は、本件請求のうち、事実欄の第一の一に取り下げられた分請求の趣旨記載の各申立を取り下げたが、被告らはこれに同意をしない。

そこで右申立について判断すると、別紙支払命令確定分請求目録記載の各請求は、すでに、それぞれ仮執行宣言付支払命令が確定しているし、また、別紙取下分請求目録記載の各請求については、原告はすでにその弁済を受けたことを自認している。

そうすると前者の訴は、不適法であり、後者の請求は、理由がない。

九仮執行宣言付支払命令の存在について

本件請求のうち、選定者大島信子、同三輪伊作に対する各請求の一部について、主文第三項記載の各仮執行宣言付支払命令のあることは、当裁判所に職務上顕著である。そこで、選定者大島信子、同三輪伊作に対する右各請求については、各支払命令を認可することとし、あらためて右各請求について主文第一項でその全額の支払を命じないのが正当である。

一〇むすび

本件請求は、前記八項の取り下げられた請求を除いてすべて理由があるから、正当として認容する。ただし、選定者大島信子、同三輪伊作に対する請求の各一部は、主文第三項掲記のとおり各仮執行宣言付支払命令を認可することとし、残余の部分について、主文第二項掲記のとおり支払を命ずることとする。また、右取り下げられた請求は、主文第四項掲記のとおり、訴の却下及び請求の棄却をする。そこで、民訴法八九条、九二条、九三条、一九六条に従い、主文のとおり判決する。

一一民訴法四二条に関する当裁判所の見解

被告らは、本判決の言渡期日の直前である昭和五九年二月二四日、裁判長裁判官古崎慶長に対し忌避の申立をしている。

しかし、当裁判所に職務上明らかな別紙事実の経過記載の事実によると、右忌避の申立は、本件判決の言渡の延期のみを目的として、ことさらに、判決言渡期日の直前に申し立てられたもので、忌避権の濫用にあたることが明らかである。

ところで、民訴法四二条は、忌避の申立があつた場合の訴訟手続の停止を規定しているが、それは、通常の忌避の申立があつた場合の原則的な規定であつて、本件のように、判決の言渡の延期のみを目的として忌避の申立が濫用された場合には、その適用がないと解するのが相当である(山木戸克己「民事訴訟と信義則」末川先生古稀記念・権利の濫用中二七二頁以下参照)。なぜならば、そのような忌避の申立によつて、迅速な裁判を受けるべき原告の憲法上保障された権益が侵されるべきではないし、裁判所の正当な訴訟運営が阻害されるべきではないからである。

したがつて、当裁判所は、訴訟手続を停止することなく、既に終結している口頭弁論の結果に基づいて、指定されていた期日に判決を言渡す次第である。

(古崎慶長 小田耕治 西田眞基)

入居承認者目録〈省略〉

支払命令確定分請求目録〈省略〉

取下分請求目録〈省略〉

別紙事実の経過

1 本件訴訟は、昭和五八年一二月二日、第一三回口頭弁論期日において弁論を終結し、同時に昭和五九年三月一日判決を言渡す旨の告知がなされた。

2 これに対し、被告らは、さらに主張立証すべき事項があり弁論終結の措置は不当であるとして、当裁判所に「抗議」に及んだが、昭和五八年一二月二三日、詳細な理由と予定される主張及び今後の具体的な立証事項とその立証手段を記載して、弁論の再開を申し立てるに至つた。

3 当裁判所は、右弁論再開申立の内容を仔細に検討し、合議の上、昭和五九年一月一二日、弁論再開の意思はない旨主任書記官を通じて被告らに連絡した(この措置は、被告らが特に要求したためにとられたものである。)。また、その頃小田耕治裁判官も、面会を申し出た被告らの代表者に対し、重ねてその旨を明らかにしておいた。

4 その後、一か月以上、被告らは、当裁判所に対して、何らの主張も、申立もしていない。

5 もつとも、昭和五九年二月中旬、某弁護士から当裁判所に対し、被告らが運動団体中央幹部による調整工作のため判決言渡を二、三か月延期してもらいたいと希望している旨の意向打診がなされたことはある。

これに対し、当裁判所は、当事者間に和解成立の具体的な可能性があるのであれば、和解勧告を行うにやぶさかではない旨を答えた(ちなみに、当裁判所は、第一二回口頭弁論期日以前に、当事者双方に対して、相当期間にわたり和解の意向打診をした経過がある)。しかし、その後被告らからは、右について何らの具体的な申出もなかつた。

6 ところが、昭和五九年二月二四日午後四時三〇分、被告らから、突然、裁判官古崎慶長に対する忌避の申立がなされた。右期日は、判決言渡期日の前週の金曜日の終業間際であり、民訴法三八条二項、四一五条一項所定の期間を考慮すれば、判決言渡期日までに忌避の裁判が確定することはあり得ない。

7 なお、忌避申立の理由は、専ら、昭和五八年一二月二日の第一三回口頭弁論期日における弁論終結の措置を非難するものであつて、その時までの事情を基礎としており、何ら新たな事実に基づくものではない。

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